11月8日(土)に西部公民館で開催された遊学塾のテーマは、-フランス的「市民」の発想から日本の教育をみる-でした。講師は、中央大学・文学部で教鞭をとる池田賢市先生。「教育制度・行政学・比較教育学」を専門に研究されている40代の若々しい雰囲気をお持ちの池田先生は、つい数日前に研究で行かれていたフランスから戻られたばかりでした。
池田先生の講義されたフランスの教育を私になり要約すると、
「フランスでは【市民】になるための学習・育成」をしているということです。
ここでいう市民とは「民主的な社会を形成するための個人」という意味です。
すべての若者は教育制度を離れる前に、その到達した水準にかかわらず、職業教育を保障されなければならない。(フランス教育条項(第122-3条))
とありますので、フランス人は社会参加へのルートとして職業を考えているため、「自分の仕事は社会を成り立たせている」という意識が高いそうです。職業が個人的希望を果たすための自己実現の手段として考えるというより、自分の職業が社会にいかに役立ち、貢献しているかという社会的使命として捉えています。
また、多民族社会であるフランスでは、学校教育のすべての段階においてフランスにおける多様性や文化的豊かさを教える教育が含まれます。
学校は、とくに市民教育の授業において生徒に個人、その出身及びその違いの尊重を教えなければならない。(第311-4条)
このように、共和国であり、政治的な合意に基づいてできている契約社会であるフランスでは、すべての者が個人として尊重された市民教育が目指されています。つまり、国民形成ではないのです。
池田先生のお話によると、日本の子供は、詰込み型・暗記力を問う学習に対して、フランスでは「分からないことがあってもよい」とし、問題があった場合は一人で解決する必要ななく、「誰に聞くのか、どのように聞くのか」が重要で、効率的に答えを引き出す力(考える力)を養う学習です。それには、人とコミュニケーションをとることが必要で、内にこもらない学問である、というのが特徴です。
ともすれば、日本では受験勉強など競争にさらされ、一人で詰め込み・暗記する学習では、考える力は養われず、応用力も培われません。人とはますますコミュニケーションをとらなくなり、他者と引き裂かれ、内にこもる学問になりがちとも考えられます。
こういうふうに見てくると、一体、日本の教育ではどういう人間を育成していきたいのか、私にはいまいちよくつかめません。
初めて文部化科学省の
「教育基本法」を読んでみましたが、果たして実際には、理想的な文言に沿った教育がなされているのか疑問です。
さて、今回の講座のおかげで、私も自分がこれまで少しは疑問があっても仕方がない(例:倫理や哲学に重きを置かない学習や受験勉強など)と思いながら漫然と受けてきたこの国の学校教育についてじっくりと振り返るきっかけとなりました。そして思うのが、同じような教育が未来の子供達にこれからもずっと繰り返されるのであれば、正直不安であるということです。
すぐには最良の答えが出ないテーマではありますが、フランスの「市民教育」という点において幾つかのヒントをもらった気がします。今後も意識していきたいテーマとなりました。